99/10/9 ウエンブリー・スタジアム
ところで、もしこういう巨大チャリティライブに出演しなければいけなくなった場合、たいていの人は一人30分前後の持ち時間内にこの群衆の前で何ができるか、ということを考え、結局今までのヒット曲を4曲演るという結論に落ち着くと思う。実際皆そうしていた。だってパフォーマーとしては誰だって黙られるよりはウケる方がいいでしょう。そのへんはわたしのようなシロートが考えてもわかる。
と思っていたわたくしがアサハカだった。ボウイさんに関するかぎりヘタに出方を読もうとしてはいけないという鉄則を忘れていた。いきなり「サヴァイヴ」である。アコースティックギターと歌詞の頭の5行が溜息のようにはかない。「君と離れるんじゃなかった、も少し頑張ればよかった、もっと賢くなれたはずだった」そして「君がいなくて淋しい。」と歌うボウイさんがニコリと笑い両手を広げこちらに差し出したとき強烈にくらっ、と来た。思わずこの曲はほかでもないこのわたしのために書かれた曲だと信じそうになってしまったくらいだ。多分その瞬間ウェンブリーにいたボウイファンは皆そう思ったのではないだろうか。そのくらいこの曲はライブで演るとこちらに「出て」くる。ステージ後方のスクリーンに、ボーイフレンドの肩車で身を乗り出し、両腕を空にさしあげてアイラブユーの形に口を動かしている会場の女の子がアップでずうっと映っていた。
しかし困ったことがひとつある。この曲を知らない人間の方がこの会場では全然多いんである。こういう時のイギリス人観客は実に冷淡で、せっかく皆楽しくやってるんだからひとつ手拍子の一つでもしてみましょうかという美しい礼儀は全く持ちあわせていない。知らない曲のときは平気で黙っている。前に立ってるおじさんはひと休みタイムだ、とばかりにリュックからカールスバーグのボトルを引っ張り出してごくごく飲んでいた。
後の話になるが、BBCで放映された総集編で、ジェイミー某(TOTPの司会のお兄ちゃん。確かカタトニアのプレゼンテーションもしていた)が終了後楽屋に帰ってきたボウイさんをつかまえてインタビューしていた。そのとき話題が選曲のことになって、
ジェイミー「セットリストに新作からの曲が入ってましたね。サヴァイヴとか。何故この曲を選んだんですか?」
ボウイさん「(楽しげに)だって一番好きなんだもん、今度のアルバムの中で」
「8万人の観客が集まって、同時にオンラインで世界中の何百万という人が見ているチャリティライブ(トリはロビー・ウィリアムズ君)」という文脈で、ヒット曲やシングル曲でウケようとすることなく「自分の好きな曲」を堂々と歌ってしまうというところが実にデヴィッド・ボウイだなあと思った。
その間に「サヴァイヴ」が終わり、ボウイさんがタバコに火をつけている間に、おなじみの「チャイナ・ガール」の胡散臭い東洋風イントロが聞こえてきた。そしたらやっぱりわっ、と歓声があがった。この日のチャイナ・ガールはしかしイントロこそレッツ・ダンス仕様だったが、ピッチが半音下がっていたのとマイク・ガーソンの70年代的キーボードがのべつ鳴りひびいていたのとで、まるでイギー版を聴いているかのようだった。ボウイさんはステージでタバコを世界一華麗に喫う。左手の指に火のついたマルボロを挟んだままスタンドのマイクを握り、で空いた手をしかめた顔の前に持ってきて「She says, shee-eeee-eee.......」とやっているボウイさんを想像して下さい。それは確かにちょっとしたものです。
しかし一旦ぬるくなってた会場がまた暖まりはじめたところでの4曲目が「The Pretty Things Are Going to Hell」、5曲目が「Drive in Saturday」で、また少し冷却モードに入り、前のおじさんはビールに加えて今度はタバコを取りだした。ボウイさんはともかく客席でタバコを喫われるのは危険信号である。もちろんいい感じで騒いでいる区画もたくさんあるのだがそれが全体に伝わっていかないんである。こーいう雰囲気は前にも経験したぞと思いだした。あれは確かティン・マシーンの一番最初の公演で(京都だと思う)、「ボウイはこんなバンドをつくって一体何をやってるんだろうか」という感じで腕組みして立ち冷めた目で「見て」いる連中がわたしのまわりにたくさんいたんである。で、わたしは、そのとき以来どんなことがあっても限られたボウイさんとの接近遭遇の機会をこんな風に無駄使いはしないことにしようと心に誓っているので、おじさんにはかまわず大声で歌っていた。後ろのお兄さん達(最初に「うぉー、ライフオンマーズだああ!!」と叫んだ人々)が嬉しそうに「ドラ------- イブイン、サタデ------------------------」と最初から最後まで歌っていた。
えーとつまりこのお兄さまがたはジョージ・マイケルと初期のボウイさんの曲をびっちり聴きこんでいるってわけで、ははあ、なるほどなあ、世の中こうなっているんだなあ、と思った。