99/10/9 ウエンブリー・スタジアム
前回からの間に、ザ・コアーズのプレゼンターにボーイゾーンのローナン君が出てきて大騒ぎになったとか、ジョージ・マイケルが例の事件以来初めてオフィシャルな場に出てくるというので観客の期待がものすごくてインターヴァルの時から「うおおー!ジョージ!ジョージー!!」という歓声が飛びかっていたとか、んで彼のプレゼンターは何故かゴールディで、ローナン君にしろゴールディにしろなんて勿体ない使われ方なんだと思ったとか、そのジョージのステージが期待を上回る華やかさで、ブラックの人々が30人くらい現わてコーラスとダンスをがんがん聞かせ、観客の期待をあおれるだけあおったところでおもむろに玉座に座ったジョージがセリ上がって登場する、となんかジョージ・マイケルというよりは一時期のボウイさんみたいな演出だったとか、色々あったんだがすべて省略する。
わたしの後ろの兄ちゃんの一団が彼の歌を一言一句間違えずにぴたりと合わせて歌っていて、何者だろうと振りかえってみたらそのお兄さま方がみな肩を組んでて、よく見ると腰に手を回してたりもして、はー、なるほどなあと思ったりしたがそれも省略する。
そうするうちに予定はどんどんずれ込んで、ブッシュ(ボーカルの兄ちゃんが赤髪のカート・コバーン風で超かっちょいい)が終わった時点ではもう8時半を過ぎていた。わたしは「さあ皆さん次ですよ次。ボウイさん久々のイギリス凱旋公演ですよ。ここらでいっちょ盛りあがろうではないですか」と日本語で叫んでみたのだが、ジョージ・マイケルの大騒ぎを経た観客の間にはかなりはっきりと「疲労」の色が漂っている。友人などは「わたくしはこれからエナジーセイビングタイムに入ろうと思う」とぬかしてその場にむりやりしゃがみこんでしまった。なにしろ朝8時の常盤線のような人ゴミのなかでもう5時間以上立ちつくして騒いでいたんだから無理もない、とはいえ、ここでくたびれてもらっては困るのだ。
(しかしここでハタと気づいたのですが、実はそういうわたしもかなり消耗していたのと久しぶりのボウイ体験でトリップしてしまったのとで、ここから後に起こったことの記憶がやや混乱しております。ひょっとしてわたしの記述と事実との順番に多少食い違いがあるかもしれませんがもしそうだったら何卒なにとぞご容赦ください。)
ブッシュが終わったあとステージ奥のスクリーンにメリル・ストリープ(すごく老けた....)が紹介するアフリカの人々のビデオが流れるなか、人海戦術的に楽器とセットが交換されていった。以前フェニックスでボウイさん一人だけ派手な舞台装置を持ち込んでいてセッティングに時間がかかったことと比べると、今回は楽器とボーカルとコーラスのマイクだけで、今回はえらく地味だなあと思った。
8時45分ごろ、後ろのビデオが終わり、いよいよ始まる雰囲気になってきたので友人を地面からひっぺがして立たせた。ここまで大変ゴージャスなプレゼンターが揃えられてきたんだからボウイさんのは誰だろう、と期待していたら、何だかよくわからない中年の女性が出てきた。すると後ろのジョージ・マイケル・ファンの兄ちゃんたちの一団が「うわー、げー、あれ、アンジェリカ・ヒューストンだぜえー」と決して好意的ではない声で叫んだ。彼女は「今晩はウエンブリーの皆さん!さてこれから登場しますのは、かの伝説的なロック・スターです!」と、最近ボウイさんの名前が出るときに枕詞のように必ず使われる「レジェンダリー」という形容詞をかぶせた。「レディース・アンド・ジェントルメン、ミスター・デイヴィッド・ボウイです!」
余談だがこの夜「ミスター」という接頭詞をつけて紹介されたのはボウイさんとブライアン・フェリーだけだった。確かライブ・エイドの時もそうだったはずだ。
ステージ左方からボウイさんが軽やかに手を振りながら現れた。その前日の夕方「TFI Friday」という生放送のトーク番組に出たときには黄色のTシャツにピンクのジャケットにカーキ色のトラウザー(と黒のスニーカー)という目のくらむようなファッションだったが、この夜は慎重にドレス・ダウンして縦縞の入ったシャツにサスペンダー付きの黒のトラウザーという上品な格好だった。その後ろからマイク・ガーソンが続いて現われキーボードの前に座り、非常にきれいなひとつながりの和音を弾きはじめた。が、何の曲だかわからない。するとボウイさんが歌いはじめた。「'S a god-awful small affair, To the girl with the mousy hair...」「うわー、これはライフ・オ..」「LIFE ON MARS!!!! O God, he's doing LIFE ON MAAARRRRSS!!!!」 後ろの兄ちゃんのひとりが絶叫した。
それはそれは美しいひとときだった。マイク・ガーソンのピアノは聴くものをからめとる。「Oh man! Wonder if he'll ever know?」とボウイが力強く問うと前方の人の群れから誘われたようにいくつもの手があがった。隣の女の子は首の赤いマフラーをはずして振りはじめた。それにしてもボウイの声が素晴らしい。最後の「Is there life on Maa-aa-arr-rs?」がウェンブリーの空気を震わせて伝わってきて上げていた手のひらがびりびり痺れた。
「今晩はー、みんな元気?」「Yeeaahh!!!」と8万人が答える。しかしこの群衆を前にしてボウイさんは全然緊張している様子がない。「ふふ、でも、このステージの上でデイヴィッドは一人ぼっちで寂しいから、仲間を呼ぼうかな。」と袖を振り返りCome on! の形に口を開いて合図をした。出てきた顔ぶれの中にゲイルを見つけて安心した。今日はツノもシッポもついていない。ところがリーブスが見当たらない。代わりに見覚えのない、トレーナー姿のお兄ちゃんが出てきてギターをしょった。それからきれいどころのお姉さんが二人出てきてコーラスマイクの前についた。多分トップ・オブ・ザ・ポップスでコーラスをつけていたのと同じお姉さんだ。しかし、あのシンプルにして狂気の盛りあがりを見せたアースリングバンドを体験しているわたしはちょっと失望した。それにリーブスのギターの代わりを誰が務められるというのだ!!
残念がっている間にも「実はちょっと前に新しいアルバムを出したんだけど」とボウイさんがしゃべっている。ところで海外旅行をしたことのある方ならご存知かと思うが、時差の関係で極度に疲労すると頭が妙にハイになりしゃべるトーンとスピードが一段階あがってアクションも大きくなる、ということが時々起こる。ジェット・ラグ・トリップとでもいうのだろうか。んで、この前日「TFI Friday」に出たボウイさんはどうもその脳内麻薬物質活性化現象に襲われていたらしく(飛行機が遅れてヒースローから直行でスタジオに来たんだそうだ)ものすごいイキオイで超シュールなことをしゃべりまくっていた。(例:「ぼくこの前はバンドのみんなとインドネシアにいてジャングルをロバに乗って旅してったらイスラムの寺院と宮殿があって、んで奥さんはそうだけどぼくはムスリムじゃないから宮殿の方に行ったんだよね。そしたら王様が歓迎してくれて庭にスクリーンを張って映画を上映してくれて、んでぼくらみんなでブルック・シールズの『サハラ』を見たんだよー」。とか。)ホストのクリス・エヴァンスは普段は英国版古館伊知郎とでもいうべきするどい話術の冴えとキレと切り返しを見せる人なのだが、この日ばかりは「ハイなおしゃべりデヴィッド・ボウイ」という初めて体験する現象に圧倒されていて「はー、そうなんですか」と間の抜けた返事しかできていなかった。(そしたらボウイさんは「何だよそれ?これ、本当の話だぞ」と突っ込んでいた。)
で、おそらくこのネットエイドの夜もそのハイ状態は治まっていなかったらしく、ステージ上で時おり歯を見せながら何だか色々早口でしゃべっている、んだが、マイクの状態があまり良くなく、またわたし自身もわーわー騒いでいるもんだから何を言っているのかよく聞こえてこない。もう日本語英語発音だろうが何だろうが構わず「ボウイさんボウイさーん!」とか叫んでしまう。このためにニューカッスルくんだりからはるばる上ロンドンしてきたんだしいいじゃねーかちくしょう!しかも中坊の時から何回も夢に見てきたウェンブリーのフィールドにいて15メートルの距離でボウイさんを見ているんだぞ!と半分ヤケクソのような気分である。その間ボウイさんは「新しいアルバム買ってくれた人、どうもありがとう、ハハハ」というようなことを言っていた。が、残念ながらあまり反応はなかった。じゃ次はhoursの曲だな、「木曜日」ならいいな、人口に膾炙してるし、と思っていたら始まったのがSURVIVE で、まわりの人々はこれ何の曲?という表情で動きを止め聴きいる体勢に入った。