ザ・サイニング・セッション@ヴァージンメガストア編/文:AKKOさん

London a go-go
99/12/2 ヴァージン・メガストア
 
主な登場人物

ともすけさん:
ぷりままさんのHP(サイトは終了)の方。ランカスター大に留学中。AKKOとはメールを通じ知りあいになる。

いくちゃん:
AKKOの友達。ニューカッスル大学生。実はごく普通の音楽ファンでごく普通にいろんな人のライブに行くが特に誰かの大ファンというわけではない。しかし最近メディア上によく現れ木曜日がどうのこうのという歌を歌うデヴィッド・ボウイという歌手に大変興味を引かれており、今回参加とあいなる。

エルモさん:
やはりぷりままさんHP関係かつ「TVC-15」というサイト(サイトは終了)の管理人の方。今回はボウイネットでチケットを見事に当て緊急参加。実はAKKOの過去の愚行をよく知る人物だったのだがそのことをAKKOはまだ知らない。

AKKO:ポン太郎。

サイン会は4時からの予定だから3時までには戻ってきて整理券の番号の順番に並び直しなさいとヴァージンの人に言われたんだが、その時刻が近づくにつれ、わたしはこの「デヴィッド・ボウイのサイン会」という事実に直面することは不可能だということがわかった。

後で合流することになっているエルモさんを除く我々3人は朝7時頃から並びわりと若い番号(それでも40番台)をもらっていたから、サインの方はまず間違いなくゲットできるだろうけど、問題は、何をどーゆーふーにしてデヴィッド・ボウイと話せばよいのだろうか。「今日はいいお天気ですね」とか言えというのか。めちゃめちゃマヌケではないか。そういえばわたしは夜行バスで来たので髪はぼさぼさで寝不足のひどい顔だし、おまけにこないだ胡散臭い中国人の美容院に行ったらせっかくのボウイさん風ボブをひと昔前の中坊のような段カットにされてしまったし、クリーニングに出そう出そうと思いつつ1年経ってしまったジャケットを着てきちゃったし、だいたい15年間ずうっと追い求めてきたデヴィッド・ボウイにこんなに簡単に会えてしまってはたして許されるのだろうか、と色々ピカディリーのカフェでいくちゃんとともすけさんを相手にしゃべっているうちに手の平に冷たくなるほど汗が出てきた。

しかし「こりゃまた市場に引かれていく荷馬車の子牛みたいな気分ですなあ」などとチューブの中でしゃべれてるうちはまだよかった。わたしはトッテナム・コート・ロード駅のエスカレータのてっぺんについたところで足が上がらずばったりとこけてしまい、ははははこりゃちょっとわたくしどうしたんでしょうと思いつつ上がってすぐのところにあるヴァージンメガストアに入った。すると一番目立つ棚に「hours...」のCDがぎっちり詰まっており、またそこら中の空間に「hours...」ボウイのポスターと垂れ幕がはりめぐらされていて、ああやっぱり本当にボウイさんはここに来ることになってるらしいな、と認識した瞬間両足が「くにゃ」と萎えてその場にへたりこみそうになった。その時わたしはそばの柱にすがりながら思わずつぶやいた: 「あ、こりゃ駄目だ。」 

それから店の中で列に並んでいる1時間のあいだ、わたしは「もうこの事実に直面することはできません、さようなら皆様お世話になりました、わたくしは実家に帰らさせていただきます」と50回ほどウワゴトのように繰り返した。ともすけさんは「どうしようどうしようどうしよう」とずっとつぶやいていた。我々の前に並んでいたリサという女の子は「もうわたし手がほらこんな震えてるのー!信じられないわたしまだボウイのファンになって3か月しか経ってないのにー」と微笑みながら話しかけてきた。しかしよく見ると目が笑ってなかった。最初は冷静に「大丈夫だよ、ただの人間やん、ただちょっとかっこええだけのさあ」と励まし続けてくれたいくちゃんも最後には何も言わなくなった。これは実はわたしに愛想をつかしたのではなくいくちゃんも我々のナーヴァスがだんだん移ってきたためらしい。

緊張のあまり思わず「プレイズ・ユー」の踊りを踊りだしそうになるのをぐっとこらえて(そんなことすると本当に救急車を呼ばれかねない。いや病院に運ばれるのは別にかまわないんだが鉄格子にとりついて『あのすいません、デヴィッド・ボウイを見に行きたいんですが』などと言ってもなかなかそうはさせてくれないだろうからだ)とりあえず列の先に何があるのか爪先立って人の背ごしに眺めてみた。 

このヴァージンに来るのは初めてなんだがとても広くゴージャスなつくりである。3階建てのフロアの真ん中の吹抜けのスペースにエスカレータがある。入口から見て左奥の11時の位置の雑誌売場のまわりに今日は柵が張りめぐらされ、そのさらに一番奥に高さ30cmくらいの小さな仮設の白いステージが設けられている。その上にガラスのテーブルと椅子がある。ステージのすぐ横にオフィスに通じるスタッフ用のドアがある。 

行列はその柵の外側11時と半分の位置から始まり、12時5分くらいのところの我々を経て、1階フロアのエスカレータのスペースを取り囲むように時計回りにぐるっと延びて、納まりきらずに一旦途切れ2階の階段脇からまた始まり、そのフロアを半周していた(最終的に200人以上集まったんだそうだ。)スタッフの人々が「エクスキューズミ」を連発しながら群衆をかきわけあちこち歩きまわりなにやらウォーキートーキーで早口にしゃべりあっている。そして「VIRGIN PRESS」というパスとごついカメラをこれ見よがしにぶら下げたおじさん達がたくさん現われ行列の写真を撮っている。しまいにはポリスの人々まで出現し店の中を巡回しはじめた。事情を知らない堅気のお客さんは「何だなんだ一体何が始まるんだ」という顔でこの非ヴァージン的なものものしい光景を見ていた。

エルモさんを探しに行っていたともすけさんが戻ってきて、いわく「いたよいたいた、90番くらいのとこ。でも、なんかAKKOさんのこと知ってるって。『AKKOさんって●●さんのことでしょ?』って言ってた」。わたしはこれまで色々なボウイ関係の方々にお世話になってきてるので、こういうことは実は時々起こる。でもその中のどなただろう、と思いつつ90番近辺に行ってみると、そこにいらした『エルモさん』は、わたくしが昔ばりばりの追っかけだったころのお仲間だった○○さんだった。追っかけってのはやっぱり若気の至りの暴走の結果であって、わたしは最近はめっきり社会の圧力に迎合しやらなくなってしまって久しいが(サイン会に来る、というのは追っかけには入らないと思う。でしょ?)エルモさんは相変わらず熱い、何しろ海を越えてくる。やっぱりそーでなくてはいかん、あやからせていただきたい、と思った。

ボウイネットの告知にも朝もらった整理券にもはっきりと「デヴィッド・ボウイは新しいアルバムか新しいゲームのみにサインするんでそこんとこよろしく」と書かれていたが、ここに来るほどコアなボウイファンはそんなもん最初からかっ飛ばして自分のボウイコレクションの中の「これぞ!」というものにサインをもらおうと決めていたらしい。よく見ると並んでいる人々が小脇に抱えているものがものすごく「お宝」ばかりでそこら中できらきら輝いているようで、わたしはヨダレが出そうになった。5メートルほど後方の男の子が「アッシェズ・トゥ・アッシェズ」のピエロボウイジャケットのLPを大事そうに抱えていて、ああああそれはそれはわたしがもう長ーいこと西新宿で探していた物件ではないですか、と物欲しげに見つめてしまった。そんな中ですぐ後ろのキャシーという女性の物件は比較的地味な白いA5のパンフのようなものだった。気になったので「それ何?」と訊いたら彼女いわく「あこれ、こないだのバークリー大学のセレモニーのプログラム。わたしね、これ見せて、『こんにちはドクター・ボウイ、学問のお仕事の方はいかが?』って訊くつもりなの」それは凄い。

わたくしがニューカッスルからリュックに詰めて持ってきたのは、かの鋤田正義さんの名作「氣」だったりする。後ろのニッキーが「Oh, look, she's got a magic force!」と言うのが聞こえた。ついでにもうひとつひそかなたくらみがあって、それは大昔に作ったわたくしのボウイ本を恐れおおくも差し上げてしまおうということなのだった。自分でもよくわからない理由によりその本の余りを何冊かニューカッスルに持ってきていたので、そのうちのひとつをリュックに仕込んできた。それからわたしはこの夏に渋谷ロフトで買った美しい京都の絵ハガキを取り出し簡単なメッセージを書こうとその場にしゃがみこみ(わたしは実に色々なものを持ってきていたんです)、散々迷ったあげく結局こう書いた。「ディア・デイヴィッド、こんにちは、ついにあなたにここで会えるのでとってもとっても嬉しい。今までの人生で一番嬉しい。今日はニューカッスルから来ました。えーと元々は日本です。今列に並んでいるところです。友達もまわりのたくさんの人々もみんなあなたに会えるのを楽しみにしています。今日のアストリアのギグが素晴らしいものになりますように。心から愛をこめて。アッコ」

4時なるとほとんど同時に店内のBGMが切り替わり、するとそれはおなじみ「木曜日」のイントロだった。待ちくたびれた人々の中から思わずわっと歓声があがり拍手がおこった。散らばっていたプレスのおじさん達が一段階テンションを上げて柵の中にしゅっと集まった。

BGMが「SURVIVE」になったころ柵の中で違う種類のざわめきがひとつ起こり、それからおじさん達の「来た来た!」「彼だぞ!」「うおー!」「こっち向いて!」「いやこっちこっち!」「おーいこちらが先だ!」という野太い声が一斉にあがりすごい勢いでフラッシュがばしばし光るのが見えた。ふと見上げると吹抜けのエスカレーターに人が鈴なりに連なって、上に運ばれていく途中に人垣の頭ごしに一瞬見えるらしい被写体の方向にカメラを向けてシャッターを全力で切り続けていた。ベルトコンベアのようにあとからあとから人がごんごん下から上に上っていき、その下のところでは「ちきしょう早くしろ早くこのエスカレーターに乗せろ!」という顔つきのカメラを抱えた人々がウンカのように群がり、フラッシュが光りつづけている人垣の方向とエスカレーターを交互に凝視しながら順番を待っていた。「なんて非現実的な光景だ」と思わずつぶやいた。ともすけさんは「すごい、こんなに愛されているなんて....」と驚いて見つめていた。

やがて柵の中のプレスの人々は望みの写真と声を得たらしく人垣がゆるみ、また3曲分くらい時間が経ったころついに行列が少しずつ前進しはじめた。この昔のドイツ映画のような光景に呆然としていたわたしもふと正気にかえり、するとまたナーヴァスがどすんと戻ってきて体温が下がるような気がした。 

それでもどんな行列でもいつか順番はめぐり必ず自分の番がやって来る。リサは上気した顔で色々話かけ待ってる最中ずーっとぎゅっと握りしめていた小さなテディベアを渡し「これ大切にしてね!」と言っている。下で待っている友達にカメラを渡して「きゃー!」と言いつつツーショットで収まっている。しまいには「キャナイキスユー?」とか言って頬にチューしてもらっている。脇に立ってる主催者側のおじさんが「君みんな順番待ってるんだからお早くね」とさりげなく彼女の腕をつかむが「うーんもうちょっともうちょっとだけ!」と振り払ってまた何か嬉しそうにしゃべっている。 

そのリサの無邪気なパフォーマンスをステージの端から見ながら、わたしはすがりつくように「氣」をひしと抱きしめ(またこの本がすがりがいがあるほどの良い装丁なんだ)、「おーまいおーまいおーまいごっ......」と無限に繰りかえしていた。そばの主催者側のおじさんがそんなわたしに「大丈夫大丈夫うまくいくよ、リラックスしなよ」小さな声でささやき続けている。やがて、「はい、じゃ、君の番だよ、グッドラック!」とわたしの肩をとんと押した。