PHOENIX FESTIVAL(UK)/文:AKKOさん

97/7/20 Stratford-upon-Avon

1997年のフェニックス・フェスティバルにボウイが4日間の大トリで出た。場所は英国はストラットフォード・アポン・エイヴォンである。公示と同時に4日目のチケットを買った。(25ポンド。4日間通しだと70ポンド)しかし実は2日目の19日に、ボウイさんはTao Jones Indexというジャングル・バンドのメンバーのふりをしてサブステージのひとつであるRadio 1 Dance Tentになにげなく出ていたらしい。これはほとんど予告されず、わずかに当日の朝にボウイさんの出演が少数の新聞で触れられただけだそうで、わたしはもちろん気づかずに見逃してしまった。幸運にもそこに居あわせた人によると、「ボウイに全然スポットが当たらなかったのでほんとにあれがデヴィッド・ボウイなのかどうかあまり確信が持てない」そうで、イギーの後ろでピアノを弾いていたボウイさんをなんとなく思い出させる。 

それにしてもボウイさんは基本的にワイルド・サイドを歩く孤高の人なのでフェスティバル的イベントにはなかなか姿を見せない。(たまに現れてもすぐ帰ってしまうので集合写真には写っていないときが多い。)だから「フェスティヴァルに出るデヴィッド・ボウイ」のイメージがなかなか実感できず困った。 

ストラットフォードは観光シーズン真っ最中でガイドブック片手に右往左往する観光客がわんさといたが、その中に明らかに毛色の違う連中、つまり、髪がピンクや青に染まっているとか、真夏だというのにトゲのついた皮ジャンを着てるとか、たまに「STAFF」というパスをこれ見よがしに首から下げている体格のいいお兄ちゃんの一団とか、どうもシェークスピア翁の生地の雰囲気にそぐわない人々が混じっていた。その手の人々がチューダー調のパブのカウンターを占拠し「いや今日のシャーラタンズは…」などと大声でしゃべっているのを聞くのは楽しい。 

フェスティバルの会場はBR(国鉄)のストラットフォード・アポン・エイヴォン駅から専用バスで30分くらいのところに設営されている。国中が北海道みたいな国だからそのくらい車で走るとあっという間に街が切れ住宅も切れて大イナカ光景に突入する。そういう郊外のなんにもない緑の草原に仮設の遊園地(バンジージャンプあり。1回25ポンド)、縁日的屋台、地の果てまで広がるキャンプ場、そしていくつかのステージとディスコがしつらえられミュージシャンとDJとファンが集まり週末を大騒ぎして過ごすのがフェスティヴァルだ。もちろんロックファンキッズが集団になると早速しでかしそうなことは全部起こる。だからアリーナの警備は結構しっかりしていてアルコールは持込み禁止である(もちろんドラッグも。)もっとも客席の横にパブテントがしつらえられおり、アリーナに入る前にえーいここで飲みだめしていけとばかりに皆必死にビールを飲んでいる。そしてひとつバンドが終わるたびにやれやれといった感じでわらわら出てきてまたビールを飲んでいる。だからアリーナにいる人々は意外と酔っ払ったりラリったりしているしそして仮設トイレがいつも地獄のように混んでいる。 

ボウイさんが大トリアクトであることからも予想がつくようにフェニックスのラインナップは渋い。ちなみに最終日、7月20日のメインステージは:Orbital, Texas, Faith No More, Billy Bragg, 3 Colours Red, Catatonia, Apollo 440, Arkarna, そしてDavid Bowie。この97年のフェニックスの場合ステージは4つあり、屋外の「メインステージ」にメインたるミュージシャンが出るのだがそれ以外の方でも意外な名前が並んでいたりして油断がならない。テントのサブステージの方ではシンニード・オコーナーがトリだったらしい。 

昼の11時開演でこういう顔ぶれが次々に出てくる。大方の客はわりとリラックスしていて、自分の目当てのバンドが出てきたら前のほうに集まって踊っていて、それ以外の「特に好きってわけじゃないけどま聞いてみっか」的興味のバンドのときは後ろに下がって芝生の上に寝っころがったり彼氏または彼女といちゃいちゃしてみたり(これは実に多い)、思い出したようにぱらぱら拍手してみたり外にビールを飲みに行っちゃったりしている。人気の出かけているバンドにとって、ファン以外の客に接してもうひと押し売りだすのにとてもいい機会なんじゃないかと思う。わたしはテキサスのシャーリーンが本当に歌がうまいということを生で聴いて初めて気づいた。 

ただその落ち着いている観客のなかでひときわ気合いが入っているのがボウイファンで、11時の開演の瞬間から照りつける太陽にもトゲつき腕輪の腕を振り回しながらモッシュしまくるフェイス・ノー・モア・ファンにも負けず最前列とステージを隔てる柵にしがみついているのは全員ボウイファンだった。何故そうわかるかというと、彼らは必ずボウイファン的な行動をしているから(例:Tシャツを着ている、CDを持ってきて交換し合っている、自分の出版したボウイ本のチラシを配っている、等々。どこで手に入れたのかラビリンスの水晶玉でジャグリングしているお姉さんもいた。)その中にひとり、腕・足・首そしてスキンヘッドにした頭など身体の露出した部分すべてにボウイの彫り物を入れている素肌に皮ジャンを着た30代前半のお兄ちゃんがいて、皆の尊敬と好奇の視線をひとりじめにしていた。後頭部のてっぺんにアラディン・セインの肖像が非常に見事に彫られていて、わたしはそこをつるつると触ってみたい衝動を感じつつ見とれていると、彼は振り返り「おぅ、これ好きか?」とニヤリとした。 

ということを逐一知っているわたしも実は11時から柵しがみつき組のひとりだった。おりしもイギリスにはめずらしいくらいの青空がひろがりじりじり日にあぶられながら8時間、ボウイさんの登場まで皆で励まし合いながらそこでがんばった。夏のイギリスの太陽は9時ごろまで沈まないので暑い。ステージと最前列の間にいるセキュリティのお兄ちゃんたちがときどきホースで客席に散水したり、バケツから水を紙コップに汲んで放り投げ入れていた。(紙コップの口をつぶし、紙袋の口を折る要領で2回くらい折りとじて放り投げると中の水はこぼれずかなり遠くまで飛ぶ。)そのおかげもありステージ向かってちょっと左のほぼ最前列をキープできた。 

進行は非常にスムーズで各バンドの入れ替えは手際よく進められていたが、Arkarnaが終わるとそれまでとはちょっと違った雰囲気の、明らかに「ボウイさんのセッティング慣れ」しているスタッフがいっぱい出てきて、シンプルなフェスティバル用のステージをボウイさん用に改造する作業が始まった。ステージ中央から客席方向に小さな花道様のものをくっつけたり、ステージ後方に白い幕を張りうしろの機材のごちゃごちゃを視界からさえぎったり、白い風船をいくつも据えつけたり(そのうちのひとつは例の巨大な鬼太郎のオヤジ状風船)、フットライトがあらたにたくさん運びこまれたりした。それを見てると「これから出る奴はスゴイやつなんだ」と、まるで小林幸子の出番を待つ紅白のような期待がいやが応にも高まる。 

夕方8時すぎ、夕日がさす中歓声に迎えられひとりでステージに現れたボウイさんは、左耳にかろやかな羽根のピアスをはめスコットランドの民族衣装パンクヴァージョンといったきらびやかな衣装を纏っており一瞬みな「わっ」とのけぞった。いつも思うんだがボウイさんはああいう妙な服をいったいどこで調達してくるんだろうか。しかしその華麗なキルトに12弦ギターを担いで始まったのがおなじみ「クイックサンド」で、皆大喜びで「I ain't got the power anymore~」と大合唱になった。2番の途中でバンドが登場し、ゲイルがぴたりと1オクターブ上の美しいコーラスをつけていたのが印象的だった。 

しかし盛り上がるのはいいんだがそうするとときどきアタマに血が上ったあげく隣の人によじ登り、周りの人々の波に飛び込みそのまま最前列まで人の頭上を泳いでいく(そしてセキュリティのおっさんに引きずり降ろされてどつかれながら運ばれていく)輩がいるので困る。わたしはわたしの頭上に泳ぎ着いたどこぞの兄ちゃんに顔にケリを入れられ半分失明した。もっとも、それは後で鏡を見て気づいたのであって、その時は痛くもなんともなくて元気よく「サーテーラぁーイ」とか歌っていた。やはりわたしもかなり血が上ってたらしい。 

ショウが進行するにつれて日が沈み、夕焼けが夜空になり、吹く風がひやりとしてきて星がまたたきはじめた。あたりが暗くなると自然と観客の意識は灯に誘われる虫のようにフットライトの輝くステージに集中し、そうするとそこにボウイさんが2万の視線を受け止めすっくと立っている。おりしも月が後光のごとくボウイさんの頭上に輝き始め、非常に印象的で、しかしこりゃもうできすぎというか、一歩まちがえれば芝居の書き割りみたいなんだが、しかしひょっとしてボウイさんはこれも計算済みなのではないかと思えてくる。世界を売った男ボウイさんのショウならば月だってセットの一部なのだ。ボウイさん本人もジャパンのシャッケイに興味があるといつか言っていたしきっとそうなのだ。 

ステージの上の前衛芸術的物体の設置など雰囲気はアウトサイドツアーの延長上にあり、「世界を売った男」など前回も演奏した曲はアレンジもそのままだった。しかし「アースリング」からの曲はほとんど何の加工もないままで、一部にはカラオケも使ってありあまりよろしくなかった。もちろん「アースリング」は大傑作アルバムだけど、フェスティバルという場の性格上「ボウイ? ま聞いてみっか」程度の人々も混じっているわけで、そういう人はどうしてもカラオケまじりの「バトル・フォー・ブリテン」よりは「ジーン・ジニー」(しかもイントロにブルースのアレンジ入っていて超かっちょいい)の方によりよく反応する。だからやはりと言うべきか「アンダー・プレッシャー」は大合唱になった。 

それでもボウイさんはやっぱり大聴衆を力ずくでコントロールする術を知っている。自らの能力について自信に満ちあふれているんである。そのパワーは圧倒的である。最後「ハロー・スペースボーイ」と「リトル・ワンダー」に至るころにはボウイさんは、まるで魔法のようにその場にいるロックキッズを全員味方に引き入れてしまった。ものすごい歓声に応えたアンコールは4曲、しかも最後がわたしが個人的に2番目に好きな曲「ステイ」で、しかもわたしは3mくらいの距離から「ステイ」を歌うボウイさんを見上げているわけで、ボウイさんがタバコを吸うとその香りが漂ってくるくらい近いんであって、ああもうなんというか、 素ん晴らしい。 10時間のあいだ人々と柵との間で午前8時の新宿駅のようなもみくちゃモッシュに立ちっぱなしで耐えたわけだったが、わたしは「ステイ」を聞いていてなんだかそれまでの人生26年の疲れがぱーと消えてなくなるような気になった。あんまり人は簡単にはそういう気分にならないものだけど、ボウイさんの音楽には何かがあるんだろーと思う。 


《セットリスト》
1. クイックサンド
2. 世界を売った男
3. ジーン・ジニー
4. アイム・アフレイド・オブ・アメリカンズ
5. バトル・フォー・ブリテン
6. ファッション
7. セブン・イヤーズ・イン・チベット
8. フェイム
9. ルッキング・フォー・サテライツ
10. アンダー・プレッシャー
11. ハーツ・フィルシー・レッスン
12. スケアリー・モンスターズ
13. ハロー・スペースボーイ
14. リトル・ワンダー
(アンコール)
15. デッドマン・ウォーキング
16. ホワイト・ライト・ホワイト・ヒート
17. スーパーマン
18. ステイ