96/06/18 福岡サンパレス
僕は今まで数々のロックスターをこの目で確かめてきた。しかし、これ程までにエモーショナルで、アバンギャルドで、スタイリッシュなアーティストに出会えたことはなかった。
デビッド・ボウイ。
遂に「彼」と対峙する時が来た。
永年待ち望んだ運命の出会いが今から始まる。
彼がここ福岡サンパレスのどこかで息をしている。
ざわめく会場、埋め尽くす人。
みんながボウイを待ち望んでいる。そしてみんながボウイのファンなのだ。
みんなとの一体感に包まれてるうちに、やがて客電が落ちる。
長い沈黙の後、暗闇から現れる人影。
「彼」がいた。長きに渡り世界を震撼しつづけ、人々を陶酔させ、狂気とやさしさを両手いっぱいに詰め込んでいた男。
その「彼」がボロボロの黒いコートに身を包み、「MOTEL」を歌いながらにじり寄ってくる。50歳とは思えぬ若々しい容姿とヘアスタイルに身を包んで。
そしてたたみかける「OUTSIDE」からの楽曲。
会場はオーバーヒート。狂喜乱舞の様だ。
だれもがボウイの虜になり、甘美の世界に酔いしれる。
ジャングルバージョンの「ANDY WORHOL」や70年代と同じ迫力で迫る「SCARY MONSTERS」「月世界の白昼夢」など、彼のロックヒストリーに燦然と輝く曲も随所に散りばめられ、50歳のボウイが自信に満ちあふれる歌声で歌う。大合唱の会場の中で僕は思い出した。過去のいろんな出来事を。
「ジギー・スターダスト」愛聴していた中途半端な時代、「ステイション・トゥ・ステイション」にインスパイアされて映画「世界を売った男」を探し回った事や、「ヒーローズ」時代の髪型に憧れ、ボウイのグラビアを手にして美容院に行ったり、「ABSOLUTE BIGGINERS」を聴きながら心地よい眠りについていた日々の事を。
まちがいなくこの5年間の僕の記憶はボウイとともにあり、いかなる時もボウイは僕にとっての絶対的存在だった。
そんな「彼」が最後に僕に語りかけて来た。
ロックンロールを代表する名曲、「全ての若き野郎ども」。’全ての若き野郎ども、ニュースを運べ’
この瞬間に僕の心は遥かかなたにあった。
魂は時空を駆けめぐり、やがて光に変わり、ボウイの中に降臨した。
この体験は多分、サンパレスのオーディエンス全てに起こった出来事だったのかもしれない。しかし、この体験はきっと僕の歴史に残る貴重な体験だった。
きっとこれからも僕は「彼」のファンでいつづけるだろう。
そしてこの貴重な体験をこれからもずっとしつづけるだろう。
彼が奏でるロックンロールは時間や空間をも超越出来る、忘れていた何かを運んでくれる、タイムマシンのようなものだった。